若い頃はハチャメチャだった。
自分の命は自分のもの! と、
事の終末は“死”でしかないような山に良く行った。
保険は、親が遺体回収できれば良いくらいの金額。
親としてはこのことを知ったら、黙ってはいなかったろう。
それが、ある登攀を成してからは、
あたかも情熱という水分が抜けきったように、枯れてしまった。
宥めようとも、叱咤しようとも、そいつは“力”としては湧いてこなかった。
それでも無理をして遠征に出かけ、回復の望みの少ない“故障”をした。
下界に暮らすようになり、生命の危機が殆ど無い“気楽”なスポーツをし、
何時の頃からか昔の身勝手さが影をひそめた。 多くの友人に『丸くなった』とも言われた。
そして、結婚をし子供に恵まれ、
いつの間にか『子は親よりも先に死んではならない』と思うようになった。
2年前に親父と兄が亡くなり、更に2人の叔母、本家の兄までも亡くなった。
なんと、一年の間に5人の骨を拾った。
更に、昨年暮れには義父の骨も拾った・・・
だが不思議と深い悲しみはなく、涙もなかった。
先週、古い友人の娘さんの葬儀があった。
18歳の余りに早い死だった。
入り口に友人の姿を見つけ、歩み寄った刹那、我ながら驚くほどの涙が出た。
一度も彼の顔をまともに見ることが出来ずに狼狽した。
子供は親よりも先に死んではならない。
親に葬儀を出させてはならない。
本当に身勝手だが、更にその信念が固まった。
その夜、子供には厳しさも必要だろうが、もっと優しくせねば・・・
《雪降る夜のチャリは少し酷だろうから迎えにでも・・・》
と思い家に帰れば、既に彼は帰宅していた。
一張羅ジーンズの膝に穴を開け、その周りを血だらけにして。
聞けば、朝家を出て直ぐ、小学生が道を滑って遊んでいるのを見て、
やばいかなと思った後に転倒したと言う。
そのまま駅まで5㌔チャリをこぎ、電車に乗り、
手当てもせず授業を受け、
逆コースを
早めに帰ってきたそうな・・・
こいつには何からどうすれば良いのやら、全く分からない。
関連記事